「フェアプレーの友よ、ありがとう」。ロサンゼルス五輪(1984年)柔道の金メダリスト・山下泰裕さん(48)は、このほど同五輪銀メダリストのモハメ ド・ラシュワンさん(エジプト)と再会しました。国際交流へのあふれんばかりの思いと、21年前の秘話を語りました。 勝又秀人記者
堂々と向かってきたラシュワン
彼は本当にすばらしい男
ふたりは世界選手権(9月)が開かれたエジプトのカイロで交流しました。
現地で対話集会を開き、約300人の子どもに柔道を指導。合間には、旅行会社を営むラシュワンさんと観光地巡りもしました。
ラシュワンさんは、ロス五輪決勝の舞台で山下さんの負傷した右足を狙わずに敗れたことで、ユネスコのフェアプレー賞に輝きました。
実はここに、隠れた真実がありました。
五輪の決勝でラシュワンは、私の右足を攻めなかったといわれていますが、実は得意技をかけてきていたのです。しかし、フェアプレーには変わりありません。 それは、真っ向から正々堂々と向かってきてくれたからです。けがをした足に技をかけたのは、普段と同じスタイルの柔道をしてきただけなのです。
カイロの対話集会のときに知りましたが、彼は「けがした足を攻撃しろ」という連盟会長の指示に「そんなことはできない。私はアラブ人としての誇りがある」と断ったというのです。
「倒すべき敵は倒さなければならない」というアラブの精神と、「相手に全力でぶつかるのが礼儀」という柔道の心が、アンフェアなプレーを許さなかったのです。本当にすばらしい男です。
両腕を広げ、こぶしを固く握って-。大きな身振りで語る山下さん。
このフェアプレー物語を、アラブと日本の異文化交流、それに世界と日本との理解をすすめる絶好の話題として、語り広げています。
北京五輪前に柔道通じ中国と「自他共栄」
「スポーツで世界の友好と平和に貢献したい」と、柔道を通した交流に力を注ぎます。いまや1年の3分の1近くを外国で過ごす身です。その情熱は、どんな逆境にも動じません。
いま、08年の北京五輪を控えて、中国への柔道の普及と強化をすすめています。
日本と中国は不幸な歴史があって、確かにぎくしゃくしています。でも、こんなときだからこそ出番ではないかと。
スポーツは価値観や言葉、生活習慣の違う者が、お互いに理解しあえるところにすばらしさがあります。
なかでも柔道は相手とじかに組み合って行うスポーツです。だから友だちができやすいし、相手があって自分も成長できるという「自他共栄」の精神も学ぶことができます。
来月には中国の青島で、同国の柔道関係者と今後の強化策について話し合います。
日本の費用で柔道場を建てて、指導者を派遣して、中国選手の合宿先を日本で受け入れて…。さまざまな構想を語る口ぶりは、熱気を帯びていきます。
ぼくはね、未来を見つめて、いまをひたむきに生きるのが好きなんですよ。
身を乗り出して、いきいきと。顔いっぱいに、笑顔が広がりました。