昨年の秋に、私の教え子の井上康生が、フライデーや週間文春で記事に載りました。そこに書かれていたことは、井上康生ならびにその家族のことでした が、現実とあまりにもかけ離れていたように、私は感じました。少し月日が経ちましたので、ここで私が見た井上康生と家族について、触れたいと思います。
井上康生が柔道選手として、すばらしい成績をあげたことは、多くの人がご存知かと思います。井上は、シドニーオリンピックで素晴ら しい試合で優勝し、最も期待されたアテネオリンピックでは惨敗し、その後、復帰した試合では、大胸筋断裂というアクシデントに見まわれました。それらを乗 り越えて、現在、北京オリンピックに向けて、血の滲むような努力をしております。
私は、井上を高校に入った時から見ております。柔道選手として、ひた向きに、柔道に打ち込む姿勢、精神には、素晴らしいものがあり ます。私は、彼に今後も今までと同様に柔道に対する純粋な気持ちを持ち続けていって欲しいと願っています。
私は、時々、彼と自分を人間という面において、比較するときがあります。結論から言いますと、私の20代の時よりも、彼は人間的に はるかに素晴らしいと思います。私がここで触れたいものは、彼の人間性です。面白いエピソードを話したいと思います。
2004年アテネオリンピックを間近に控えた頃、彼は、筑波大学に出稽古に行っておりました。そこで、パラリンピックの柔道選手 達が合宿をしており、練習場で一緒になったそうです。彼らの柔道衣を見て、井上は、柔道衣が擦り切れ、破れていることが気になり、選手達と話をしました。 自分達オリンピックの選手は、柔道衣もジャージもバックもシューズも、必要な全ての物が支給される。しかし、パラリンピックの選手には、そういったものの 支援がまったく無いこと、柔道衣その他の道具も全て個人で用意していることを聞いたそうです。オリンピックとパラリンピックという、同じ世界大会に出る者 なのに、状況がまったく違うことを知った井上は、私のところに相談に来ました。
状況を私に話した井上は、「出来れば、柔道衣だけでも新しいもので試合に出て欲しいのです。白とブルーの柔道衣を、私が購入して 送りたいのですが、これはスタンドプレーになりますでしょうか?」と、私に相談してきました。
私は、「それはいいことだ、スタンドプレーでは無い。是非やりなさい。」とアドバイスをしました。結果としては、全日本柔道連盟 が井上の考えを耳にし、柔道衣の支援は全柔連が行うこととなりました。そして、アテネパラリンピックでは、新しい柔道衣を着た選手が試合に臨むことが出来 ました。
しかしながら、2004年のアテネオリンピックでは、彼は残念ながら力を出し切ることが出来ませんでした。その後、再起をかけた 2005年1月の嘉納治五郎杯で彼は、素晴らしい試合で優勝するのですが、決勝戦の開始早々に、右大胸筋断裂という怪我を負ってしまいます。この怪我によ り、大きな手術をするし、復帰まで1年半もかかることになりました。
嘉納治五郎杯は、優勝するとトヨタ自動車(株)のマジェスタという素晴らしい車がプレゼントされることになっております。試合の翌 朝、井上から電話がかかってきました。普段、このような時に電話をしてくる人間ではありません。私は、彼の怪我が非常に気になっていましたので、怪我のこ とを聞きました。彼は、「これから病院に行き、精密検査をしてきます。」と言っていました。彼が電話をしてきたのは、貰った車を新潟県中越地震の被災者の 方々のために役立てて欲しいとの願いでした。「先生、柔道ルネッサンス活動で、柔道界からお金を集めて、震災で被害を受けた方々をわずかでも支援しようと いう動きがありますよね?私は、アテネオリンピックで惨敗しましたけれど、多くの人に励まされてここまで来ることが出来ました。そのような支えがあるだけ で、私は充分です。私は、車も持っています。なんとか、私が頂いた車を、被災者の方の支援に役に立てて頂けないでしょうか?」私は、その話を聞きながら、 涙がこぼれました。他にも、たくさんこのような話があります。決して井上は、フライデーや、週間文春に書かれているような人間ではなりません。
そんな彼が育ったのは、亡くなられたお母様やお父様、ご家族、そのような方々の素晴らしい愛情があったからだと思います。お父様も 亡くなられたお母様も、素晴らしい方で、私は心から尊敬しております。このことだけ、私のホームページを見てくださる方に、知って頂きたくお話させて頂き ました。
現在、井上康生の記事が、JALの機内誌(skyward 12月号)に書かれました。ここに彼の生き様が書かれております。是非、ここも見て頂けるとありがたいです。
私は、井上のような素晴らしい考えの教え子を持てたことを誇りに思います。微力ではありますが、北京オリンピックに向けて、彼が全 てを打ち込めるように、支援していきたいと思います。
JALの機内誌(skyward 12月号)(PDF)